オーストラリア少女誘拐監禁事件!ナターシャカンプシュの現在や犯人・真相は?【超逆転スクープ】

こんにちはMATSUです。

11月3日放送の土曜プレミアムは

目撃!超逆転スクープ2

実際にあった、まさかの

大逆転ストーリーが放送されます。

今回は、その中の

オーストラリアのウィーンで起きた

10歳少女誘拐監禁事件について

調べてみたいと思います。

オーストラリアの

10歳の少女が誘拐され、

8年間も監禁されていた事件。

日数にすると約3000日。

少女が監禁されている間

犯人は捕まりませんでした。

この事件について

少女の今現在や、事件の真相

脱出方法や犯人など調べたいと思います。

【同放送のブラジルバスジャック事件はこちらから】

ブラジルバスジャックの真相や犯人サンドロの生い立ちと動機は?人質女性に悲劇!【超逆転スクープ】

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オーストラリア少女誘拐監禁事件の概要は?

それでは事件の概要から。

事件があったのは1998年3月2日で

場所はオーストリアのウィーン。

被害者の10歳の少女は

ウィーンに暮らす、

ナターシャ・カンプッシュさん。
(Natascha Kampusch)

いつものように学校に通う際、

犯人のヴォルフガング・プリクロピル
(Wolfgang Priklopil)

に誘拐され、それ以来

約8年半の間、行方不明と

されていました。

ナターシャカンプッシュさんは

犯人のプリクロピルの自宅にある

ガレージ下の地下室に監禁されます。

その地下室の広さは

5平方メートルで

窓がなく、防音性があり、

扉はコンクリート製で

鉄で補強されていました。

そして監禁されてから約8年、

3096日後の2006年8月23日、

ナターシャさんが18歳の時に

監禁生活から脱出、逃走します。

良く8年も生き抜いたなと

その精神力には驚かされます。

また8年間、事件が解決しなかったのは

警察のずさんな捜査も関係しています。

ナターシャさんが誘拐される際、

白いマイクロバスに

引きずり込まれるのを見たと、

目撃証言があり、

警察による捜索活動が開始。

その証言をもとに、

警察はマイクロバス776台の

所有者を調べたのですが、

犯人逮捕には至らなかったのです。

もちろん、その中には犯人の

プリクロピルも含まれていて

プリクロピルの、

「自宅で一人でいた」

「瓦礫を運ぶためにバスを使っていた」

という説明に満足していたそうです。

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オーストラリア少女誘拐監禁事件の犯人は?

オーストラリア少女

誘拐監禁事件の犯人は、

ヴォルフガング・プリクロピル。

1962年5月14日生まれで

当時36歳。顔画像はこちらです。

オーストラリアの通信技術者

いわゆるエンジニアで、失業中でした。

プリクロピルは

ナターシャさんが保護されて、

自身が警察に追われていることを知り

列車がきた線路に飛び込み、

自殺を図り、死亡しました。

プリクロピルが亡くなったことで

事件の詳しい動機や目的など、

全貌を明らかにすることは

不可能になりました。

しかし事件の概要からもわかるよう、

身代金目的というわけではありません。

誘拐したナターシャを

絶対服従させていたのですが、

奴隷として家事をさせるため、

または自分の思い描いた
夫婦生活を送るため、

またはコレクションとして
近くに置きたかったため

といった推測がされています。

プリクロピルは

ナターシャさん監禁当初、

性的虐待をしておらず、また

食事なども普通に与えていました。

しかし、ナターシャさんが

成長するにつれて

身体的・精神的な虐待が始まり、

食事制限などもしています。

監禁された時が45㎏

保護されたときが48㎏

と身長は15㎝伸びたのに

体重はほぼ変わっていなかったのです。

成長するにつれて、

虐待が増えたことから

10歳のナターシャさんに価値を

見出していたのでしょうかね?

死人に口なし。なぜ監禁したのか

その真相は謎に包まれたままです。

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10歳少女ナターシャカンプシュの監禁生活

ナターシャさんの監禁生活は

基本的に、地下室でした。

月日が経つにつれて、

上の階で過ごすことも許されましたが

寝るとき、そして家を空けるときは

必ず地下室に戻されたようです。

上の階にいるときは、

奴隷のように家事をさせられ、

なにかミスをすると

殴打などの暴行を受けていて、

また、逃げようとしたら、銃で撃つ。

ドアや窓には爆弾を仕掛けている

と脅し、逃げられないように

されていました。

また、

「両親が身代金を支払うことを拒否している」

「あなたの両親はあなたを全く愛していない」

「あなたが戻ってくるのを望んでいない」

といわれ、精神的にも

逃げれないようにされていました。

ただ毎日のように

虐待があったわけではなく

優しい時もあったとの話。

生活は毎日同じような日々の

繰り返しで、朝食は一緒に食べ、

与えられた本で勉強をしたり

編み物をしたりしていたそうです。

10歳というと小学4年生。

それから、高校卒業まで

監禁生活と考えると、

発狂してしまいそうですね。

ナターシャカンプシュの脱出方法や現在の活動は次ページ

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