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杉浦正則の今現在や経歴は?何故プロにならずアマチュア野球?結婚や妻も気になる!

皆さんこんにちはMATSUです。

『人生は選択の連続だ』という名言は皆さんもご存知かなと思います。まさにその通りですよね!考えてみると無意識でも選択をしていることがわかります。

 

そんな人生の選択にスポットを当てた番組、金曜ロードSHOW!特別エンターテインメント『人生が二度あれば 運命の選択』が2月24日に放送されますね。

この番組では、常識では考えられない人生の選択をした人をゲストにその選択の裏にあった想いなどを聞き、真相を明らかにしていきます。

本記事ではその中の1人、プロ10球団を断った男ミスターアマチュア野球こと杉浦正則(すぎうらまさのり)さんについて書いていきたいと思います。

杉浦正則のプロフィールや経歴


出典http://www.japan-baseball.jp/jp/profile/201502003.html

名前:杉浦正則(すぎうらまさのり)

生年月日:1968年5月23日

年齢:48歳

出身地:和歌山県

 

杉浦さんは、九度山町立九度山中学校和歌山県立橋本高等学校同志社大学日本生命でプレー。

高校へ進学する際、甲子園を目指して~というよりは大学への進学も考えて橋本高校を入学。

投手へのこだわりもなかったそうですが結果的には、2年時の秋季県大会では優勝投手に。3年時の春季大会では県大会優勝、近畿大会ベスト4の成績を残しています。

 

同志社大学時代は4年時秋にリーグ優勝を果たし、大学日本一を決める明治神宮大会に出場。見事優勝を果たし、大会優勝投手にもなりました。

大学卒業後は日本生命に入社。1992年バルセロナ五輪では銅メダル、1996年アトランタ五輪では銀メダルを獲得。2000年シドニー五輪にも出場しています。

 

高校時代は学業と両立をしながらも県大会優勝、大学生時代も日本一、また五輪にも三度出場と華々しい経歴ですね^^

番組でも取り上げられますが、これだけの経歴を持ちながら何故プロ野球の世界に入らなかったのか、とても不思議ですよね。そのことからミスターアマ野球なんて呼び名も付けられるくらいですからね。

 

杉浦正則の今現在は?

2000年のシドニー五輪を節目に現役を引退した杉浦さんですが

2001年から日本生命の投手コーチに、2006年から2009年まで監督に就任しています。

2010年から夏の甲子園から現在までNHKの高校野球解説者として、春夏の甲子園を中継。意識せずとも杉浦さんの声を聴いている方は多いはずですw

 

引退後の経歴はこんな感じですが

今現在は日本生命で法人部長を務めるほか侍ジャパン社会人チームの投手コーチも務めています。

アスリートとして結果を出している人って、社会でも結果を出しますよね!やはり何か違うんでしょうね~笑

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なぜプロ野球選手にならずアマチュア野球に?

さてそんな杉浦さんがなぜプロ野球の世界に入らなかったのかですが、

高校時代、大学時代、社会人時代とみていきたいと思います。

 

・高校時代

高校時代は先ほども書いたように県大会優勝などスカウトの注目を集めるも

プロへ行くという考えはなく大学へ行く意識の方が強かったらしく、指名は辞退していたそうです。

 

・大学時代

大学4年時のドラフトでは指名回避。

当時の五輪はアマチュア選手のみしか出場できなかったため、アマチュア側が全日本の候補選手として杉浦さんを指名凍結選手に。このことでオリンピック終了までは指名できないようになっていました。

 

・社会人時代

五輪終了後はもちろん指名できたのですが、バルセロナ五輪が銅メダルに終わったことから、杉浦さんはどうしても五輪でキューバに勝ち、金メダルを取りたいという気持ちだったそうです。プロへの憧れもあったそうですがアマチュアを選んだんですね。

肘を痛めていて指名されなかったという情報もありますが、指名があってもおそらくアマチュアを貫いたでしょう。それだけ杉浦さんにとっては日本を代表して五輪という舞台で野球をするということが大事だったように思います。

 

なぜプロ野球に入らなかったのか?という疑問が晴れましたね。五輪への熱がそうさせていたということでした。

タラレバの話ですが

  • バルセロナ、アトランタ五輪で金メダルを獲っていたら
  • 昔から五輪の野球種目がアマではなくオールプロであったら

杉浦さんはプロ野球の道へと進んでいたでしょうね…。

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杉浦正則の結婚や妻は?

最後はパーソナルな部分、杉浦さんは結婚しているのかちょっと気になったのですが、1998年に結婚をしているという情報しかありませんでした。

 

過去、五輪代表選手だったので、もっと情報があってもいいかなと思ったのですが…子供の情報もありませんでしたね。

 

まとめ

今回は、ミスターアマチュア野球こと杉浦正則さんについて調べてみました。

アマのみの五輪当時は、プロへのアピールの場という意識が強かったのですが

杉浦さんはそんな考えはなく、五輪で金を獲ることを考えていた熱い男だったということがわかりました。

 

アマチュアを貫いたその選択を今振り返るとどう思うのか、とても気になりますね!

放送が楽しみです。

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。