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蔦谷好位置(つたやこういち)の本名、代表曲などのwiki風プロフィール!結婚式や売れたキッカケもすごい!【関ジャム】

2016年6月5日(日)の関ジャム 完全燃SHOW

【注目の音楽プロデューサーがヒット曲の裏側教えます】

音楽プロデューサー蔦谷好位置さんが出演します。

 

そこで今回、多くのアーティストをプロデュースしてきた蔦谷さんの

プロフィールや売れたキッカケなど調べてみました。

蔦谷好位置のwiki風プロフィール

tsutayakoichi

名前:蔦谷好位置(つたやこういち)

本名:蔦谷恒一(つたやこういち)

生年月日:1976年5月19日(2016年6月 40歳)

出身地:北海道札幌市

高校:札幌西高校

大学:北海学園大学

愛称:ナイスポジション   好位置という名前から

職業:音楽プロデューサー,作曲家,編曲家,作詞家など

事務所:アゲハスプリングス

 

愛称のナイスポジションは誰が呼び始めたのかわかりませんが

センスが感じられますね笑

 

4歳の頃から音楽教室に通い

5歳でピアノを習い始めたそうです

 

子供のころから譜面通りに弾くのは面白くないと感じて

アレンジしたり、適当に自分で曲を作っていたりしたそうです。

子供のころからやっていたなんて

やっぱりどこか人とは違いますよね^^

 

代表曲を並べようにも手がけている曲の量が膨大過ぎるので一部だけ

 

YUKI 『ハローグッバイ』,『JOY』など

エレファントカシマシ 『笑顔の未来へ』など

Superfly 『愛をこめて花束を』など

back number 『高嶺の花子さん』など

米津玄師 『アイネクライネ』など

 

300曲以上もの楽曲を手掛けてきていま

今まで作詞作曲編曲って意識していなかったんですが

蔦谷さんが米津玄師さんの『アイネクライネ』を編曲していて

私はこの曲が大好きなので一気に尊敬してしまいました笑

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音楽プロデューサーの仕事とは?

音楽プロデューサーの仕事は大きく分けて4つあるみたいです。

  1. アーティストのコンセプト、方向づけ
  2. サウンド制作(作家、エンジニア、スタジオ)
  3. プロモーション業務
  4. 予算管理

まずはどのように売り出していくのか

イメージや方向性を決める。

 

そのイメージや方向性に合う作詞家、作曲家、音楽クリエイターを決める。

楽曲が出来上がったら最適なスタジオを選ぶ。

 

それらと並行しながら

CDジャケットの写真撮影やプロモーションビデオの撮影や制作。

これらのスケジュール管理も。

そして予算も管理する

 

このように音楽制作を総合的に指揮していくのが

音楽プロデューサーの仕事となります。

大変ですね。

蔦谷好位置の結婚式が超豪華

蔦谷さんは2011年の6月に結婚式を挙げているのですが

楽曲提供したアーティストがたくさん来たので

とても豪華なことになったそうです

 

Superflyさんが『愛を込めて花束を』

ゆずさんが『虹』

エレファントカシマシの宮本さんが『笑顔の未来へ』、『悲しみの果て』

『笑顔の未来へ』は蔦谷さんも一緒に演奏したそうです^^

 

生演奏ですからね

かなり豪華ですよね笑

奥様については情報を見つけられませんでした。

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蔦谷好位置の売れたキッカケが感動的

蔦谷さんが音楽プロデューサーとして

売れたキッカケが感動したので紹介します。

 

もともとミュージシャンだった蔦谷さんは

大学時代に結成したバンド『CANNABIS』デビュー。

地元札幌のコンテストではだいたい優勝していて

売れると思われていたにもかかわらず、

売れずに解散してしまったそうです。

 

なんとか音楽で食べていきたいと思っていた蔦谷さんは

音楽会社に『いい曲がある』と持ちかけたりしていたのですが

ほとんどが受け取ってもらえず

 

 

有名なアーティストさんが曲を出すとなった時は

コンペが開催されるんですが

何十曲の中から1曲選ばれるという高倍率のため

蔦谷さんの曲は全然選ばれなかったそうです。

 

解散した後も、自分の作る曲に自信はあったそうで

曲は作り続けていたそうなのですが

とうとう貯金が2000円となり、そろそろヤバいと感じていた時に

現在のアゲハスプリングス役員の鳥巣さんから

『あるコンペに参加しないか』と声がかかり

バンドの復活のために作っていた一番自信のある曲

『JOY』を出したそうです。

 

このコンペはジュディーアンドマリーが解散して

ソロになっていたYUKIさんのコンペだったのですが

当時のレコード会社の担当(現在のアゲハスプリング代表の玉井さん)から

高評価を頂き、

YUKIさんからも『この曲を10年待ってた』と言われ

見事通ったそうです。

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約1年間、実績も何もなくコンペに出しても全然通らなかった

無名の蔦谷さんをYUKIさんは単純に音楽で評価してくれて

しかも、バンド復活のために作った

思い入れのある曲『JOY』が

渋谷のスクランブル交差点歩いてたら流れてきて、

これを聞き、泣きながらスクランブル交差点渡ったそうです。

 

これを機に8作連続でYUKIさんに曲を作ったそうで

これが蔦谷さんの売れたキッカケなのですが、

この話を知った後にYUKIさんの『JOY』を聞いたら

なんか鳥肌が立ちました。

私たち消費者の多くはアーティストのことは意識しますが

その曲がどういう物語、背景で作られたかはわかりませんし

意識しないと思うんです。

 

なのでこの話を知った後にYUKIさんの曲を聴くと

すごく感動します。

私は個人的に歓びの種が好きです。

 

まとめ

今まで音楽プロデューサーを意識していなかったのですが

蔦谷さんを調べていくうちに、背景を知り

すごく興味が湧いてきました。

 

音楽プロデューサーいしわたり淳治さんの記事もよろしければ^^

いしわたり淳治の年齢や代表曲などwiki風プロフィール!妻や子供は?【関ジャム】

 

今まで数多くの名曲を作ってきた蔦谷さんですが

これからもたくさんの名曲を作っていってもらいたいですね^^