なぜプロ野球選手にならずアマチュア野球に?

さてそんな杉浦さんがなぜプロ野球の世界に入らなかったのかですが、

高校時代、大学時代、社会人時代とみていきたいと思います。

 

・高校時代

高校時代は先ほども書いたように県大会優勝などスカウトの注目を集めるも

プロへ行くという考えはなく大学へ行く意識の方が強かったらしく、指名は辞退していたそうです。

 

・大学時代

大学4年時のドラフトでは指名回避。

当時の五輪はアマチュア選手のみしか出場できなかったため、アマチュア側が全日本の候補選手として杉浦さんを指名凍結選手に。このことでオリンピック終了までは指名できないようになっていました。

 

・社会人時代

五輪終了後はもちろん指名できたのですが、バルセロナ五輪が銅メダルに終わったことから、杉浦さんはどうしても五輪でキューバに勝ち、金メダルを取りたいという気持ちだったそうです。プロへの憧れもあったそうですがアマチュアを選んだんですね。

肘を痛めていて指名されなかったという情報もありますが、指名があってもおそらくアマチュアを貫いたでしょう。それだけ杉浦さんにとっては日本を代表して五輪という舞台で野球をするということが大事だったように思います。

 

なぜプロ野球に入らなかったのか?という疑問が晴れましたね。五輪への熱がそうさせていたということでした。

タラレバの話ですが

  • バルセロナ、アトランタ五輪で金メダルを獲っていたら
  • 昔から五輪の野球種目がアマではなくオールプロであったら

杉浦さんはプロ野球の道へと進んでいたでしょうね…。

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杉浦正則の結婚や妻は?

最後はパーソナルな部分、杉浦さんは結婚しているのかちょっと気になったのですが、1998年に結婚をしているという情報しかありませんでした。

 

過去、五輪代表選手だったので、もっと情報があってもいいかなと思ったのですが…子供の情報もありませんでしたね。

 

まとめ

今回は、ミスターアマチュア野球こと杉浦正則さんについて調べてみました。

アマのみの五輪当時は、プロへのアピールの場という意識が強かったのですが

杉浦さんはそんな考えはなく、五輪で金を獲ることを考えていた熱い男だったということがわかりました。

 

アマチュアを貫いたその選択を今振り返るとどう思うのか、とても気になりますね!

放送が楽しみです。

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。